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山形ピックアップ!

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071201-00000122-mailo-l06
 大正時代から上映を続けてきた山形市七日町4の映画館「シネマ旭」が30日閉館し、90年の歴史に幕を閉じた。映画離れによる興行成績の悪化などが理由という。最盛期に10館近くあった七日町の映画館は「ミューズ」だけとなった。
 シネマ旭の歴史は1917年にさかのぼる。宮崎合名社(山形市)が芝居小屋だった建物の一部を使い、映画興行を始めた。55年、同地に当時最大の5階建て鉄筋コンクリートビルを建設し、旭座とシネマ旭の二つの映画館を造った。850席で幅約14メートルの大型スクリーンを備えた本格的な劇場だった。
 1階部分の旭座は邦画が中心で、61年から約15年間東映に賃貸した。


東映撤退後、現在のシネマ旭1・2という呼称になった。04年業績悪化のため、宮崎合名社がシネマ旭とミューズの映画興行から撤退した。中心街から映画の灯を消さぬようにと「ムービーオン」が引き継いだが、ここ1年で赤字が膨らんだ。
 66年の入社以来、シネマ旭で映画興行にかかわってきた飯野昇悦支配人(64)によると、映画全盛期は60年ごろで、七日町には10館近くの映画館があった。64年の東京オリンピックを機に各家庭に一気にテレビが普及した結果、映画離れが進み、邦画が衰退した。
 JR山形駅近くに、有料駐車場もあるプログラム豊富な二つの映画館が誕生し、追い打ちをかけた。
 シネマ旭ビルの今後の利用方法について、宮崎合名社の宮崎亙社長は「検討中だが、音楽ライブ会場など多目的な方向で考えている」と話した...

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2007年12月03日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

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