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山形県旬の魚届けて:イサバ今昔/下 消えゆく街の文化 /山形

極上の優美な甘味、やわらかな舌触りと上品なのどごし。皮ごと食べられます。これは本当におい...
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070914-00000059-mailo-l06
 ◇若い担い手なく高齢化
 JR鶴岡駅近くの田川地方行商協同組合事務所。壁に張ってある手書きの組合員名簿の中に、横線を引いて消された名前が目立つ。高齢化で一人二人と引退するイサバが出ているためで、800人もいた最盛期とは、比べようもない人数になった。イサバの平均年齢は75歳前後。若い人には見向きもされない仕事になり、いずれ街から消えようとしている。
 鶴岡市鼠ケ関の五十嵐富美恵さん(89)は引退して1年半。「檀家(だんか)のことを思うとまだ続けたいと未練が残ったが、娘4人の説得に負けました」と話す。小学校を出て農業、漁業、製材業を営む富豪宅に住み込みで子守奉公に出た。


20歳で結婚、7人の子供を出産後35歳でイサバになった。「物貰(もら)いと間違われるのが嫌で嫌で、山仕事や建設現場など、男の仕事もしたが、子供に食べさせるためにはこの仕事しかなかった」と、イサバになったいきさつを話す。
 午前2時半に起き、鼠ケ関駅午前3時半発の列車に乗った。大阪発の下り急行が、同駅から鶴岡駅までは各駅停車になった。イサバのため旧国鉄が特別に運転ダイヤを組んだのだ。鶴岡駅前の市場で仕入れの後、列車を乗り換えて旧藤島町で行商。鼠ケ関に戻るのは昼過ぎ。休む間もなく畑仕事や海藻採り、家事をして午後5時過ぎには漁協のセリへ。いい魚を安くと、夜9時近くまでねばり「セリは戦だった」と現役時代を振り返る。
 70歳を過ぎてから米国、カナダ、ニュージーランド、ヨーロッパ各国へ旅行した...

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極上の優美な甘味、やわらかな舌触りと上品なのどごし。皮ごと食べられます。これは本当におい...






2007年09月18日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

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